2018年10月17日(水)に2nd mini album「壊創するシンポジウム」を発売するChanty。
ボーカリスト・芥が語る、16,000字にも及ぶロングインタビューをお届けします。
かなり長くなっておりますが、インタビューの流れから見える芥の言葉をしっかり感じて頂くために、一気に掲載致します!
「壊創するシンポジウム」について、それぞれの楽曲に込められた想い、自身の“今”、そして5周年を超えたChantyというバンドについて──。
音源を聴きながら、照らし合わせながら、じっくりと読んで頂きたいインタビューです。
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●Chanty 芥
【壊創するシンポジウム】Interview
「覚悟が歌詞に表れた。」
芥自身がそう口にしたとおり、【壊創するシンポジウム】で紡がれた言葉達は、揺るがぬ彼らしさの中に芽生えた新たな想いを感じさせる。
そこに至るまでの思考の変遷と歌詞に込めたメッセージを、じっくりと深く掘り下げながら語って頂いた。
もっともっと、共鳴してくれた人達のそばへ―――。大きな一歩を踏み出した芥の“今”を受けとめて欲しい。
取材・文:富岡 美都(Squeeze Spirits/One’s COSMOS)
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「5周年を迎えるにあたって、一度壊してまた創りたいという想いが強かった。」
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――【壊創するシンポジウム】というタイトルは、芥さんの発案だそうですね。
芥:はい。“壊創”(かいそう)は造語で、今の自分達にピッタリな言葉だと思うんです。
過去に色々な場所で話したけれど、本当は前作【Chantyの世界へようこそ2】で『たくさんの武器を携えてバラエティー豊かなChantyが帰って来ました!』というものを見せたかったんです。でも、蓋を開けてみれば自分達のどす黒い部分が強く出たアルバムになっていた。結果的に良い作品になりましたけど、今回もその流れのままいくつもりは無かったです。
5周年を迎えるにあたって一度壊してまた創りたいという想いが強かったし、体制が変わったことで個々のメンバーの我が強く出てきたと感じるんですよ。仲が良いところは変わらないけれど、今まで以上に各々が自分の“個”というものを考えるようになってライヴでもバチバチしたり、以前のフワッとしたChantyから少し変化してきた。
それもあって、守ってきたものや“ファンが求める今までどおりのChanty像”みたいなものを、ここで1回度外視してみたいという想いを込めて付けたタイトルです。収録されている曲達を準えているのではなく、今のChantyに最も似合うと感じる言葉を選びました。
――なるほど。私自身は、シンポジウムをライヴに準えているのではと想像していました。生み出した楽曲をライヴでファンの方達と一緒に壊してまた創って成長させていこう、というような意味合いなのかなと。
芥:うん、それもあります。最近、関係者の人達や仲間から『Chantyのファンの雰囲気が変わった』と言われることがあるんです。
確かに、以前よりも熱量や求め方が剥き出しになってきたと感じるし、僕らから出ている空気とお客さんから出てくる空気が合致しているからなのかな、と思う。
――そう思います。バンド内の空気の変化がファンの方達にも伝わって、メンバーの熱量とファンの熱量が相乗効果をもたらしているのでしょう。
芥:個々が剥き出しなスタイルに変化してきたことによって、個のパワーがひとつの方向を向いて物凄く良いライヴになる日もあれば、正直ちょっと外してしまう日もある。
そこについてはまだ改善の余地があるけれど、バチバチしながら熱量の高い良いライヴができると“この方向で正解だろうな”と思う。
――ライヴで何を重視するかは人によりますよね。特に、バンドは平均値を維持することよりも感情を素直にぶつけることが魅力的だったりもしますし。
芥:そうですよね。5年というと成熟してくる時期だけど、“まだまだ全く別の形にも化けられそうだ!”と感じられているし。様々な意味を込めたタイトルです。
――内容的には【Chantyの世界へようこそ2】のリリースとワンマンツアーを経て、4人で描き出すChantyの方向性を明確に見出した上で生み出された作品という印象を受けました。
芥:その通りだと思います。
フルアルバムの時点でこういうバラエティー豊かな方向性の作品を生み出せなかったのは・・・きっと“技量はあったけど、できなかった”のではなく、“その時は、どう足掻いてもできなかった”のだと思う。
ワンマンツアーや諸々の活動を経て少し余裕が持てて、ようやく俯瞰して見ることができた結果、生まれた作品です。
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「自分の嘆きに共鳴した人達に対して“あの時の自分はこんな言葉が欲しかったな”と感じる言葉を投げかけてみよう、と。」
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――芥さん個人が、今作で打ち出したかったことや挑戦したかったことを教えてください。
芥:歌詞がちょっと変わったというか、“自分嘆き”では無い感じになっています。救うわけではないけれど、作品全体を通して、初めて“相手側”気味な歌詞なんです。
――ええ、立ち位置が変わったと感じました。これは意図的な変化ですか?
芥:多少は意図的なところもあるし、自分自身が変わりたいと思ったところもあるのかもしれない。これまでは、自分の嘆きを歌って、『そうだろ?』と投げかけるような表現が多かったじゃないですか?
――その投げかけに共鳴する人達が居て・・・というところでしたよね。
芥:そう。今回は、そんな自分の嘆きに共鳴した人達に対して“あの時の自分はこんな言葉が欲しかったな”と感じる言葉を投げかけてみようと思った。
――これまでは、芥さんと嘆きに共鳴した人達は同じ場所に居た。でも、今回の芥さんはそこから一歩踏み出して、“嘆く言葉”ではなく“欲しいであろう言葉”を綴った。
芥:うん、まさに。だからと言って、優しい言葉ばかりをかけてはいないけれど、今回はそういうニュアンスの強い歌詞になっています。今後、ずっとこういう方向性でいこうと思っているわけではないですよ。
――“今”のお気持ちですよね。
芥:そう、“今”。
――現在の芥さん、そしてChantyというバンドの在り方からして、その変化は必然だったのではないかと感じます。
芥:ファンの人達から、自分の悩みや『私はこんなだから・・・』というような少し卑屈に捉えてしまっている手紙を頂くことが増えたんです。俺がそういう歌詞ばかり書いていたから、というのもあるでしょうね。
それを読んで“その気持ち、凄くわかる”と感じる場合もあれば、“そんなことを思わなくていいのに!”と感じる場合もあって。でも、こちら側からは言葉にして伝えられないわけです。
一時期、そこに凄くもどかしさを覚えて、しんどくなってしまったんですよ。それで、段々と“ライヴやSNSで自分を下げて寄り添うようなことはやめよう”と思うようになってきた。わざわざ言葉にしなくても、俺がこういう性格であることは滲み出ているから伝わるだろうし。
皆に安心して寄り添ってもらえるように、せめて自分自身は周りに対して卑屈にならずに、同じように悩んでいる人達の近くに行きたいと思ったんです。
・・・少し余談になるけれど、先日のSoanプロジェクトのインストアで、今みたいな話をしたんですよ。
でも、俺の言葉尻が足りなくて、一部のファンの方達に“悩みを書いた手紙を貰うのはしんどい”という受け取り方をさせてしまった。
握手の時に『そんな手紙ばかり書いてごめんなさい』と言われたんですけど、寧ろ“そういう言葉をしっかり受け止めて、そばに寄り添えるような自分になりたい”という意味で話したことだったので、これからも何も気にせずに手紙を書いて欲しいと今一度お伝えしておきます。
――痛みや辛さを経験した人にだからこそ弱音や本音を吐き出せるでしょうし、そういう人が頼られる側に立ってくれることは相談した人達からしたら何よりも心強いと思います。
芥:そうですよね。俺が“自分なんて”と言っていると『そんなことを言わないで欲しい』という手紙をくれる人達が居るけれど、それと全く同じ気持ちを自分自身がファンの子達に対して抱いた。“皆が伝えてくれていたのは、この感情か!”と感じる部分が強くなったから、俺も弱いけれど、少しでも近くに居られたらいいなと思った。
そういう思考が、歌詞の登場人物の立ち位置をこういう形に導いたんじゃないかと感じています。
『自分自身も弱いことに変わりはないから、常にピンと立っていられないし落ち込むこともあるけれど、それでも皆の近くに行けるようになりたいです』という覚悟が歌詞に表れたと思います。
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「全部欲しいし、自分も幸せで居たいし、相手にも幸せで居て欲しいし・・・絶対に手に入らない理想論ばかりなんです、私。」
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――少し逸れますが、Twitterのプロフィール欄の「歌っているのは世界観ではなくありったけの日常です!」という言葉を読んでから5周年公演を拝見したら、物凄く腑に落ちたんですよ。
芥:それは嬉しいです!Chantyって、“世界観バンド”と言われがちなんですよ。
――“世界観”という言葉は難しいです。わかるようでわからない、都合のいい言葉でもあるし。
芥:“良い意味で”と同じくらい、フワッとした言葉だから。
自分達も始動当初は使っていたりもしたし、それはそれで良いんですけどね。でも、今は“Chantyは、このジャンルの中で最も日常を歌っているバンドだな”と思っていて。
――自分の感情に寄り添って、一緒に泣いたり笑ったり、時には楽曲を通して代わりに感情をぶちまけてくれたり・・・そういう音楽は、とても大切だし貴重だなと感じます。
芥:そう言ってもらえると嬉しいです。
――今作に収録された歌詞全体を通して、気になったことがあって。まず、“色”が多く出てきますよね。
芥:うん、多いです。色について一貫したテーマがあるわけではないですけど、確かに今回は色が多く出てきますよね。
――あと“透明”の類に強いこだわりをお持ちなのかな、と。
芥:あります!過去には【半透明】という歌詞も書いていますし。自分がどういう色で見えているのか、自分はどういう色で居たいのか、他の人の色と混ざったらどうなるのか、そんなことをよく考えるんです。
周囲の人と関わる中でもがいたり、“救いたい”という気持ちを持っていると同時に相容れない感情もたくさんあったり。
今回の歌詞に出てくる色は、“上手く相容れないものや感情”みたいな感じかもしれない。
――そして、色と同じくらい、対義語も多く出てきます。
芥:確かに!語呂的なところで使っているというよりは、意識的にも書いているし自然にも出てきていますね。
常に、今の自分が置かれている状況と、望んでいる状況というのがあるわけです。基本的に、欲張りなんですよ。
全部欲しいし、自分も幸せで居たいし、相手にも幸せで居て欲しいし。正直、絶対に手に入らない理想論ばかりなんです、私。
――理想は描いていないと近づけませんから。
芥:そうなんですけどね。でも、それをちょっと諦めたかもしれない(笑)。今回の歌詞は、相手に言葉をかけながら自分自身に言い聞かせているようなものばかりなので。
色に関しては、自分自身が生きている中で“人と人が混ざることはない”と見せ付けられたところもあるし。
“透明になりたい”とか“皆から見えないように消えてしまいたい”と思っても、絶対に消せない色があるんですよ。
で、月と太陽じゃないですけど、俺が見ている“相手から出ている色”は“自分が相手を照らしたことによって見えた色”であって、おそらく他の人から見えている色とは違う場合があると思っていて。たまたま、そういうことを感じる機会が多かったのかな。
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「『当たり前にそばに居る存在になりたい』と言い続けてきたけれど、これがひとつの答えかもしれないと思えた。」
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――では、1曲ずつ伺っていきます。5周年公演のオープニングで凄く心に響いた【綺麗事】。
芥:家でアコギを弾いていて生まれた曲で、スタジオで合わせてすぐ形になりましたね。
――『あなたは透明になりたかったんだっけ それでも探してほしいくせしてさ』というフレーズが特に好きです。
芥:自分でもポイントだと思っている部分だから嬉しいですね。
最近、自殺に纏わる話が多くて。『自分が見えている景色の中だけで決断してしまわずに、少し俺にも分けてくれよ』という感情から書き始めました。
勿論、それはきっかけにすぎなくて、自殺のことを書いた歌詞ではないです。俺は、周囲に『苦しい』とか『辛い』と助けを求められずに居る人に対して、自分が思うことや為そうとすること全てが、どこか綺麗事に感じられてしまうんですよ。
活動再開から1年やってきて、そういう人達に自分は何ができるのかを改めて考えたら、もう『ここに居ます』と言うことに尽きるんじゃないかと思った。
――私は「Chantyは、いつもここに居るよ」というファンの方達へのメッセージのように感じていました。
芥:うん、本当にその通りです。アーティストとファンの間の話に限らず、『ここに居るよ』という言葉には何よりの安心感を覚えると思うんです。
俺は、助けたいからと右往左往に動くのでは無く、まずは“ここに居よう”と決めた。ずっと『当たり前にそばに居る存在になりたい』と言い続けてきたけれど、これがひとつの答えかもしれないと思えた。それで完成した歌詞です。
――【赤いスカーフ】はMVにもなりましたね。
芥:誰が聴いても“Chantyっぽい”と感じる曲だと思うので。ミニアルバムの7曲前後の収録曲の中で中核を作りすぎるのは好ましくないという考えのバンドなので、これもリード曲という扱いではないですが、自分的にはかなりメッセージを込めています。
あくまでも俺個人のメッセージで、バンドとして言いたいことではないですね。『電話番号も教えてくれない』という歌い出しも、奇をてらっているわけではないんですよ。
皆そうだと思うけど、自分も凄く悩んだり困ったりした時にLINEをして相談する人が居たりするわけです。でも、ふと考えてみたら、俺はその人の電話番号すら知らない。
――実体験を基に書かれていたとは!
芥:その人のことを心から信頼しているし、他の人には話せないようなことまで話しているけれど、電話番号すら知らないんだなと気付いたら怖くなってしまって。
電話番号も住所も知っている信頼すべき人なんて他にいくらでも居るのに、何も知らないその人のことを俺は一番信用している。自分が信じているものって、実はとてもあやふやなんじゃないか。
自分の信じられるものを自分の都合の良いように解釈しながら生きているな、と感じたところから書いた歌詞です。
――なるほど・・・でも、芥さんはその距離感の相手だからこそ他の人には話しづらいことも相談できているのかなと感じます。近しい相手には話せないこともありませんか?
芥:そう、あまり知らないからこそ深い部分を話せる場合もある。“こういう話はこの人にしたい”と感じる、色々なタイプの“自分の中の神様”みたいな存在が居て。何だか、“神様バイキング”みたいになっているなと(笑)
――“神様バイキング”、また名言・・・!
芥:今の世の中、情報も人との関わり方も多様化していて、神様バイキング状態だなと感じるんですよ。
それが良い場合もあるでしょうけど、この歌詞の中では最後にひとこと『よくないけどね』と歌っているので、“問題があるのもわかっているけど、私はこれで幸せだから”という感じです(笑)。
別に、問題提起をしたいわけではないので。最新の“今の自分”を書いた歌詞です。
――そういう意味でも、この曲がMVになって良かったですね。
芥:そう思います。
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「単純に、褒めてほしいって人の気持ちを爆発させて書いてみました。」
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――【ねえ。】は承認欲求が大爆発していますが、『賞味期限が短い言葉はいらない』とか容赦なくズバッと突いていてスッキリします。
芥:『ごめん』や『ありがとう』って、いくらでも手に入るし、凄く軽く感じがちですよね。『そういうことじゃないんだよ』と思ってしまうことがある。と、いうことで単純に褒めてほしいって人の気持ちを爆発させて書いてみました。
――『もう自給自足はごめんだ』ですからね。
芥:そうです!最初の『ソーリーじゃない、サンキューじゃない』の部分はポイントで、“そんな言葉が欲しいんじゃないんだよ、私は!もっと気の利いた言葉で、皆で耳タコになるくらい褒めて下さいよ!”ということ。この歌詞は、ただそれだけですね(笑)
――承認欲求は万人が持っているものだし、「同じ気持ちだからライヴで盛り上がりたい!」という方がたくさんいらっしゃると思います。
芥:救いたいし、救われたいし・・・という気持ちを素直に書きました。
褒めてもらえなくてイライラしたら聴いて欲しいし、周りに褒められたくてイライラしている人が居たら聴かせてあげて欲しい。皆で、真っ直ぐ生きよう(笑)
――直球で伝えることが大切な場面もありますからね!続いて、【まっさかさまにおちていく】。ひらがな表記がChantyらしいです。
芥:ですよね。今回の収録曲の中で、一番前向きな曲です。
“まっさかさま”と言いながらも、ブラックホールで上下も前後もわからなくなって、結果として上がったんじゃないかと思いながら書いたので。
――おちておちて地球の裏側に抜けたなら、反転してそちらが上になりますし・・・。
芥:そうなんですよ!『幸か不幸か その目は知ってる』『幸か不幸か もう手は握ってるんだろう』と歌っているように、これだけ生きてくれば、自分が進もうとしていることも、自分の手が求めていることが何かも、ほとんどの人がわかっているんですよ。
まっさかさまと言いつつ、前を向いているだけ。『それがどういう答えを示しているのかわかっているし、自分が前を向いて歩いていることもわかっているでしょ!』というだけの歌。
――タイトルを拝見した時はダークな歌詞なのかと思いましたが、良い方向に裏切られました。だから、尚更“落ちていく”や“墜ちていく”ではなく、ひらがなで良かったなと。
芥:確かにそうですね。ただ、最後の一行の『祈るように願うように終わらないように繋いでて』というところからして、1人ではないんですよね。
自分は、蜘蛛の糸を想像していました。おちていくようで上がっていく方向になって、その先に蜘蛛の糸があって・・・という絵を想像しながら書いたんです。
何か意味を含ませたくて最後の一行を書いたわけではなく、凄くか細い糸が自分の中に浮かんだだけ。それを握ろうとした手の先に、誰かが居る。
そんなことを思って書いてみたら、幸か不幸かライヴで逆ダイが自然発生したという。
――あれは驚きました!
芥:俺自身、まさかChantyで逆ダイが起きる日が来るとは考えていなかったので面白かったです。
あの逆ダイが、蜘蛛の糸を握ろうとした手の先に感じられて。
――それもまた、聴き手側と共鳴するものがあったのかもしれません。
芥:うん、共鳴なのかもしれないですよね。手を伸ばしているものに対してネガティブな印象は無いし、“前へ進む”という気持ちが一番強い曲だと思います。
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「そろそろ書きたいことも無くなってくるかと思いきや、これを書いた後に“あ、まだ書きたいことがあるや!”と思う瞬間がたくさんあった。」
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――続いて、美しいメロディーも印象的な【雨傘】。
芥:これは、Soanプロジェクトの【紫陽花がまた咲く頃に】という曲の歌詞から広げて書きました。
あの曲の歌詞には、手鞠くんver.と芥ver.と共作ver.の3パターンがあるじゃないですか?共作ver.の歌詞は、Soanプロジェクト側での自分の世界観。でも、芥ver.の歌詞は、少しChantyの芥に寄っているんですね。だから、完全に“Chantyの芥”として書いたらどうなるだろうと思った。
【紫陽花がまた咲く頃に】の歌詞に『一つの傘の下にはここしかない空があって』というフレーズがあって、自分としてはもう少し深く描きたかった場面なんですけど、その時は文字数的に無理で。そこに描ききれなかった“傘の下”を書いたのが、この曲です。
――そうだったんですね!歌詞も曲も本当に美しいなと思いました。
芥:うん。俺も、このアルバムの中で一番好きな楽曲かもしれない。
――『右肩が濡れるこの場所にずっといたいな』『世界中を見渡してもここだけ晴れてるみたいだ』、とても繊細で優しい表現です。
芥:野中くんは、この歌詞の表現がとても俺らしいと言っていました。
傘の下って良いな、と思うんですよ。まぁ、相合傘なんて久しくしていないですが(苦笑)。
天気が崩れる日はほぼ傘を持っていて『大丈夫です、傘は持っています!』と言ってしまうタイプなので、歌詞の中で妄想が爆発しました(笑)。
この曲を聴いてくれた人は、ぜひSoanプロジェクトの【紫陽花がまた咲く頃に】も聴いてみてください。2度楽しめると思います。
――そして、通常盤のみに収録されている【ポリシー】。
芥:これこそ、第三者側から自分に向けて言っている歌詞ですね。
最近“もっと頼ってくれたらいいのに”と感じる場面が多いなと感じて書いたので、【綺麗事】と距離感が似ています。歌詞に『造形美だけ優れたポリシー』というフレーズがあって・・・
――そのフレーズは芥さんにしか書けないなと思いました!インパクトが強かったです。
芥:ちょっと自画自賛になってしまうけれど、自分でも書きながら“このフレーズはなかなか無いよな”と思ったし、俺節かもしれない。
“ポリシーを自分の中で消化できないまま、果てていくのはどうなの?”と思うんですよね。それは、俺も同じ。
『1人で抱え込まないで、もっと頼ってくれたらいいのに』と言われることも多いので、それってどういういう意味だろうと自己解析をした結果、“あの人は、こういうことを言いたいのかもしれない”と辿り着いた答えや、自分自身が周囲の人に対して“もっと頼ってくれたらいいのに”と感じたこと。その相容れないものの真ん中にある気持ちを歌詞にしました。
【ねえ。】で『もっとわかりやすく言葉にしてくれよ!』と叫んでいる主人公に対して、心配したり褒めたりしてあげたいと思っているような歌です。
だから、【ねえ。】とは対をなしている感じがする。ただ、ほんの少しだけ足並みがズレているという・・・本当に、人には頼ったほうがいいですよ(笑)
――ご自分が周囲に頼れない人に限って、周囲に対して「頼れよ!」と言う気もします(笑)
芥:そうなんですよね(笑)。自分だって『頼れよ』と言ってもらっているのに、素直になれずに自力でどうにかしようとしてしまう。そういうタイプの人って、自分が可愛いだけの場合が多い気がする。
というのも、俺自身がそうなので。自力で何とかしようとして、結局何ともできない(苦笑)。自力で頑張ろうとして追い込まれている人は、全てを背負おうとする自分自身に酔っているところもあるし、エゴイスティックなだけだと思う。
そのエゴをちゃんとした形にできている人って、結構少ないから。そういうところを書きたくて書いただけです。今回、全体的に『書きたかっただけ』が多いですけど(笑)
――書きたいことが溢れていらしたということですよね。
芥:Chantyには今、50曲ちょっとあって。そろそろ書きたいことも無くなってくるかと思いきや、これを書いた後に“あ、まだ書きたいことがあるや!”と思う瞬間がたくさんあった。
――芥さんが生きている限り、日々感じることや思うことは増えていくわけですから、きっと尽きないでしょう。
芥:うん、そんな気がします。
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「この歌詞は嘆きではなく、自分の中にあるどうしようもないものを形にしたかっただけ。」
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――最後は、初回限定盤収録の【優しいあなたへ】。
芥:自分に無いものを持っている人と接していると、凄く怖くなるんですよね。
――見抜かれそうで?
芥:それもあるし、異分子に対する怖さみたいなものがある。
自分が引け目を感じている側だと余計、偉大な相手に対して縋れ無いし、自分の拙さがバレてしまうのではないかと思ったりもするし。
歌詞自体は、単純に恋のストーリーとして読んでくれて構わないですけどね。
自分の嫌なところを見せてしまう前に一緒に居ることを終わらせよう、綺麗なところだけで済ませよう、という歌。
――怖くて本当の自分を曝け出せないって、痛いほどわかります・・・。
芥:恋愛においても、それ以外の場面においても、俺も含めて、『こんな私でいいの?』みたいな言葉を言いがちな人は多いと思うんですよ。
交わっていくことが、物凄く怖いんですよね。相手に対して興味があったり、好きであればあるほど、拒絶される瞬間が怖い。
あまりにも憧れているものって真っ白に見えて、それを自分の色によって濁らせてしまうことが怖いし、その逆も怖い。
エゴですけど、正直“自分はこのままで居たい”という気持ちを解って欲しいところもあるから。相容れないものに対して考えてしまうんですよね。
――実際に関わってみればお互いに個として変わらず在り続けられるかもしれないけれど、そうではない可能性もあるから踏み込めない。
芥:そう。この歌詞は嘆きではなく、自分の中にあるどうしようもないものを形にしたかっただけです。
“気付いてしまう前に終わらせよう”と思うことはたくさんあるし。
――相手は「もっと曝け出して欲しい」と思っているかもしれないんですけどね。
芥:うん。今回、初回盤は【優しいあなたへ】→【雨傘】という収録順になっていて、【優しいあなたへ】で語りかけている相手は、【雨傘】で“ずっと傘の下に閉じ込めて一緒に居たいな”と真っ白な気持ちで思ってくれている人です。
【雨傘】の主人公が言っていることは、綺麗な夢でしかないんですよ。相手は“私はそんな真っ白じゃないし、そんなことを考えている人とは一緒に居られない。
『笑顔も涙も独り占めして閉じ込めておきたい』なんて言うけれど、その想いが私には苦しいんだ”と思ってる。俺の中にその状況が浮かんで、こういう曲の並びにしたんです。
で、ラストの【piano♯4】の後に【綺麗事】へ還っていく感じ。
【綺麗事】が初回盤で1曲目、通常盤ではラストの6曲目になっている意味合いを考えてみてもらえたら嬉しいですね。
前向きなところとそうではないところ、両方がある曲なので。歌詞としては、そんな感じです。
――全体を通して、芥さんが日常を生きる中で感じたことを直球で表現なさった印象です。
芥:そうだと思います。【こちら葛飾区亀有公園前派出所】みたいなものかもしれないですね(笑)。
あのマンガは、時事ネタを織り交ぜながら日常を描いているからネタが尽きないんですよ。俺も、きっと生きている限り歌詞を書くだろうな(笑)。
日常で感じたことはChantyで、少しセンシティブでヴィジュアル系らしい歌詞はSoanプロジェクトで、それぞれに書ける場所がある自分は表現者として凄く恵まれているなと思っています。
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「出し惜しみしなかったことで次のアイディアが浮かばなくなったなら、“自分はそこまでだ”くらいの気持ち。」
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――5周年を迎えられましたが、長かったと感じますか?
芥:活動期間が3年半だった前のバンドよりも短く感じていますね。体感的には、まだ2年半くらいの感覚です。倍速に感じるくらい、密度が濃い。
――バンドが続かないと言われるご時世ですが、芥さんがバンドを続けるために一番大事だと感じていることは何ですか?
芥:何だろう・・・たぶん、それを意識していないから続いたんじゃないですかね?やっぱり、バンドって続く時は続くし、ダメな時はダメなものなんですよ。
Chantyの始動ライヴで、野中くんが『バンドはいつ終わるかわからないものだから』みたいなことを口にして、それをやんわりとテーマに持っていた時期もありますけど。
・・・あまりロングスパンで考えずにやってきたから、続けられたのかもしれない。
――ひとつの目標を立てて、それをクリアしたらまた次の目標へ。
芥:うん、その繰り返し。まぁ、クリアできなかったことのほうが多いですけども(苦笑)。
よく、『2年スパンで活動計画を立てて・・・』なんて言うじゃないですか?でも、僕らはそういうやり方が向いていないから、ひとつずつ進んできた。
結果、歪みが生まれても、その時々に解消しながら進んできたんですよね。そういう意味では、“目先の目標に全力投球”というやり方もアリなのかもしれないなと思います。
勿論、長く続けたいと思って始めたバンドですけど、それに対しての策は一切講じていないんですよ(笑)。気付いたら、ここまできていた。
うちのメンバーは、個々の経歴的にはそれなりにキャリアを積んでいますけど、Chanty自体は凄く新人感があるバンドだということは自分達でも常に感じているんです。別に、若々しく見られたいという話ではなくて。
――中堅感や大御所感とは無縁で居たいです?
芥:うん、あまり必要無いし・・・きっと、性格ですよね。
なかなか楽屋のソファーに座れないし、メインの鏡も使わない(笑)。“発信したて”の気持ち感が大きいんですよ。
――だからこそ、ご自分達がChantyに対して新鮮さを失わないのかもしれないです。活動にマンネリ感が無い。
芥:ですね。ライヴのセットリストにしても、“こういう組み方もできるんじゃないか?”と次々に挑戦していくタイプだし。
ファンの人から『大半のバンドは全ての活動がワンマンに向けて動いていて、セットリストも新しい並びや特別なことはワンマンで初披露するものなのに、Chantyはそれを通常の対バンのイベントにもどんどん組みこんでくる』と言われたんですよ。
――出し惜しみはしない。
芥:思い付いたことを、鮮度が落ちてからやるのが嫌です。
『ファイナルのために取っておきました!』なんてやると、意外とハマらないんですよね。
――結果、形にできないままの案が増えそうな・・・
芥:そう、俺はそれが凄く嫌。出し惜しみしなかったことで次のアイディアが浮かばなくなったなら、“自分はそこまでだ”くらいの気持ちでいます。
――出し惜しみしなかったことによって、さらなるものが生まれてくるのでしょう。
芥:それがChantyだと思うし、俺達の最大の強みですね。
うちはあまり強気なことは言わないバンドですけど、そのやり方をこのシーンでできるバンドは他に居ないのではないかと思う。
数年先を見て活動するというよりも、今あるアイディアを皆で煮詰めて、ひとつひとつ形にしながら進むのがChanty。
生産性はあまり高くないのかもしれないけれど、それが楽しいんです。
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「それでも、最終的に残ったのは笑っている自分だった。」
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――5周年のTSUTAYA O-WESTワンマン、いかがでしたか?
芥:俺にしては、事前に頭の中で色々なことを描き過ぎました。描き過ぎたから、若干違う展開になってしまったりもして。
――それはもう「ライヴは生ものだから」的なお話になってきますよね。
芥:だから、普段の俺はあまり細かいところまで想像しないようにしているんですよ。
ゲネプロをカッチリやり過ぎてしまうと、逆にダメな場合もあって。セットリスト、もう完璧だと思っていましたから。
――事前に予測不可能なトラブルもあったでしょうが、観ている側からしたら本当に素敵なライヴでしたよ。
芥:うん。トラブルの悔しさなどを差し引いても、最後にあの多幸感を迎えられたことが本当に嬉しかった。それこそ、自分の承認欲求もあったから。
『Chantyが、この4人が、5周年という大切なステージで一番良い形で評価されたい』と思っていたし。
でも、ライヴの中でそういうものがどんどん削ぎ落とされていって、それでも最終的に残ったのは笑っている自分だった。
もうね、異様な空間だったんですよ。去年は去年で、意思のぶつかり合いで異様な空間でしたけど、今年は本当に“あんなに異様で、あんなに幸せな瞬間ってないな”と感じました。
――特に、【C】はバンドとオーディエンスの熱量に歌詞の力も相まって無敵感が凄まじかったです。ファンの方達のパワー、素晴らしいですよね。
芥:本当に!そこに至るまでに、自分の中で描いていたライヴの細かい部分に対して起きた悪い意味での想定外があって。
でも、最後の最後に一番の想定外だったのは【C】かもしれない。鳥肌が止まりませんでした。
――そこまでの全ての悪い想定外を覆す、最高の想定外。
芥:そう!曲のストーリー的にも自分が届けたい気持ちにハマっていたし、あの曲を好きでいてくれる人が多いことも知っていましたが、そこまでの威力を発揮するとは思わなかった。
きっと、その時に自分が伝えたかった想いと、歌詞のメッセージと、お客さんが受け取りたい気持ち、全てのピースが想像していた以上にハマったんだろうな。
ライヴであそこまで幸せな気持ちになったのは久しぶりでしたね。本当に、あの日最大の想定外です。
――5周年のO-WESTでそれを感じられたことがまた素敵です。
芥:物凄く嬉しかったです。ダブルアンコールで出た時、“これが本当のアンコールだ”と感じましたから。
活動当初、予定調和のアンコールは嫌だと思っていて、1stワンマンツアーの時はそれを言葉にしたりもしていたんです。熱量がほしいって。
でも、1周まわって考え方も巡って、当たり前のように『アンコール』と叫んでもらって出てくることや、用意していた曲を演奏することが美学に反するって考え方は無くなったんです。
会場によっての声の大小があったとしても、直接ホールにいるわけじゃないし、本心なんてそれだけじゃわからないですよ。そもそも、意外とライブハウスの特性によってどんなに必死に叫んでても楽屋に響いてこないとかありますしね(笑)。
声をあげること自体が勇気のいることですし、欲しがっている気持ちには可能な限り素直に答えたいですよね。セットリストや演出上、またはイベントの性質上、アンコールをやらないことも多々ありますけど。
予定調和なら予定調和で、それを上回るものを作れば良いんじゃないかなって。1stツアーで嫌がっていたことも、それはそれで良かった。でも、今のChantyにとって大切なのは、そういうところではないと感じるから。
O-WESTで想定外のダブルアンコールを求める声を聞いた時、駆け出さずにはいられなかったです。そんなアンコールが沸き起こったことも嬉しかった。
制作のスタッフさん達も、皆『出ろ!出ろ!』という顔で見てくれていて、演奏を終えて戻ったら笑顔で迎えてくれて。改めて、本当に幸せなバンドだなと思いました。
――しかも、念願のソールドアウトでした。
芥:ようやく、ですね。正直、最初は“活動休止からの復活だった去年でも無理だったなら、今年も難しいのかな”なんて考えたりもしていました。
だって、この1年でChantyが話題性で掻っ攫ったことって、そこまで無かったと思うんですよ。
それでもこういう形で完売できたのは、横の繋がりが増えたことが大きかった気がします。BCDツアーも含めて、たくさんの人が関わって助けてくれた。一般的に言う“勢いのあるバンドのソールドアウト”ではなく、色々なめぐり合いで繋がりができた人達によって叶えられたソールドアウトでした。
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「もっともっと聴いてくれている人達の近くにいきたいし、感情の内側まで入りたい」
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――そして、次なる目標も発表されました。
芥:“1本に懸けるワンマンライヴが必ずしも都内でなくてもいいんじゃないか”というところから始まって。1月5日の名古屋Electric Lady Landワンマン【どくせんよく】が決まりました。
都内が日本の代表というわけでもないし、Chantyには全国に想いが詰まっている場所がたくさんあるし、行ってみたいところもたくさんあるので、皆さんにもそういう目線で見て楽しんでもらえたら良いですね。
――確かに、「都内でキャパを上げよう」という発想が多いですよね。
芥:そうなんですよ。それも良いんですけどね。今までツアーも沢山まわったからこそ、全国に目標があるんです。
でも、その県を推しているというイメージとはちょっと違って、周年などと同じような気持ちで目標のライブハウスをどくせんしたいな、という・・・今後、不定期に全国各地でやっていくつもりなので、まずは名古屋を楽しみにしていてください。
――最後に、新しい作品を生み出し、ひとつの目標もクリアした今、芥さんが目指す次なる目標やヴィジョンがあれば教えてください。
芥:そうですね・・・具体的な話ではないですけど、今回は歌詞の面で今までとは少し立ち位置の違う表現をしてみて。
今の俺は、もっともっと聴いてくれている人達の近くに行きたいし、感情の内側まで入りたいと思っています。
今、自分の中にひとつ、円熟している何かができつつある感じがしているんですよ。
――以前、Soanプロジェクトのインタビューでお話になっていた「芥というアーティストの鞘を納める場所がわかってきた」というところにも通じますか。
芥:うん、そうだと思います。『こうなりたい』というヴィジョンは全く無いけれど、自分の中にできあがりつつあるものが具体化して何が生まれるのか楽しみです。
・・・でも、こうして改めて訊かれて考えてみると、意外と俺は“何のために歌っているのか”がわからないですよね(笑)。起因するものが見えない。
――こんなにも伝えたいことがある方ですから、それを表現する場所は絶対に必要ですよ。
芥:確かに。俺自身が“救われている”と思いながら歌っていることによって『救われている』と感じてくれる人が居たなら、最高にWin-Winですからね。
俺はブログでも“凡人代表”と言っているくらいだし、万人を救おうなんて全く思っていないけれど、『ずっとここに居る』と伝えることができて、そんな自分のそばに来てくれた人達が『私と、僕と同じだ』と感じて少しでも未来を見られるのであれば、それでいいのかもしれない。
今は、そんなことを思っています。
取材・文:富岡 美都(Squeeze Spirits/One’s COSMOS)